備忘記録2

9月28日(水)兄に病院から電話が入り、病院へ来て欲しいと言われる。兄は所要のため姉が行くことに。
病院では、父の素行が悪いと言われてしまう。点滴を勝手にはずしたり、夜にベッドから降りてトイレに行こうとしたのか下着をおろしベッドの横に座ったままごそごそしていたそう。同室の患者さんからナースコールが入る。
介護認定を早く取得し違う施設へ移って欲しいようなことを言われる。
しかし、次の日からは徐々に落ち着いてきたようだ。というより、衰弱していって素行の悪いことができる状態ではないようになったのだと思われる。
29日(木)私と夫が見舞いに行く。父の状態を目の当たりにするまでは、少しボケてきてはいるが会話ぐらいはできるだろうと思っていた。もちろん、私が来たこともわかると思っていた。
しかし、その思いが病室に入り打ち崩された。意識混濁の状態で会話なんか一切できない。少しは声に反応するが、私が来たこともわかったかどうかわからない。
この日を境に私は吹っ切れた。早く楽にさせてあげたいと思うようになった。
30日(金)兄が見舞いに行く。ベッドから降りようとする行為はまだあるようで、ベッドでなくて床に布団を敷いて寝かされていた。
そこで主治医と会い病状を聞かされる。がんは進行はしているが、歩けない状態でもないし食べられない状態でもない。精神的なショックからきているようなので、精神科の先生を往診させてもよいか尋ねられた。
しかしながら余命数ヶ月だと告げられる。かつ、腸閉塞をおこしてしまったらもう後はないとも言われる。それが今日明日おこってもおかしくないらしい。
食事は今までミキサーにかけて食べさせてくれていたが、点滴のみになっていた。
10月3日(月)兄が介護認定の申請に行く。その最中に兄に病院から入電。夕方病院へ行くと、前夜に急変してかなり容態が悪化してしまったそうだ。肝臓がかなり悪いらしい。余命1ヶ月だがもしかしたらこの1週間のうちかもと言われる。
あと危篤状態、心肺停止状態になったときの延命処置について尋ねられた。その際の延命については断ったと私に電話で連絡があった。
肺やリンパにも転移している模様。今までしていなかった酸素マスクをして横たわっている父。呼びかけても全く反応がない。

つづく